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吉田豪インタビュー

【BUBKA9月号】 吉田豪のBUBKA流スーパースター列伝 レジェンド漫画家編 vol.1 「柔侠伝」シリーズで劇画ブームを支えた漫画家 『バロン吉元』

漫画も風俗も遊び半分じゃダメ真剣にやらないと面白くない!
吉田豪インタビューの新編スタート! 今月からはレジェンド漫画家さんのインタビューを掲載。記念すべき第一回目は昭和の劇画ブームを支えた一人でもあるバロン吉元先生。武器、女遊び、そして漫画。全てにおいて全力な先生の激動の人生にプロインタビュアー・吉田豪が迫る!

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吉田豪のBUBKA流スーパースター列伝 レジェンド漫画家編 vol.1
 
 海底に眠る銃弾を資金に
 
吉元 バロン吉元です、どうぞよろしくー!!
―まさか柔道着姿で登場するとは!
吉元 この柔道着、50年前のものなんですけどね。こんなナリではありますが、決してふざけてるわけではないので。マジです!
―今日は人生をたっぷり語っていただきたいんですけど、どんなお子さんでしたか?
吉元 とにかく小さい頃から遊ぶことばっかりで、小学校も仲間と遊ぶ場所としか考えてなくて、なんで勉強しなきゃならないんだという、そういう当たり前のことが高校まで全然頭になかった。中学校になったら高校に入るための受験勉強をしなきゃならないというのも、なんでかわかんないわけ。だけどみんな休み時間を利用して勉強してるんですよ。休み時間があると私は、1秒でも長く外にいたいという気持ちがあって、窓を跳び越えて仲間が来るのを待つんだけど、誰も来ない。
―当然、みんな勉強してるんですね。
吉元 だから「なんのためにおまえら勉強してんの?」って。で、中学校に入ってすぐ親父の強い勧めがあって柔道を始めたんだけど、やっぱり決められたことをやるのが好きじゃなくてね。柔道そのものは好きだったんだけど、何時から何時までとか、朝早く来て畳を敷いてとか、そういうのがあんまり好きじゃないもんだから、まじめじゃなかった。
―とにかく言うこときかないタイプ。
吉元 人の言うことをきかない、その反対のことをやる。一応、家にはお金はあるんですよ。引き揚げてきて、けっこう田畑があって、船もあって漁業のほうもやってました。それとよろず屋、お店もやってましたね。そして山もあって温泉宿をやっててね。私は長男で牛馬のごとく働かされて、ホントに忙しかったですよ。だから、大人の言うことをきかなきゃならないというのがホントに嫌でね。お小遣いでももらえるならまだしもね。
―タダ働きだったんですね。
吉元 だから自分で稼がなきゃならないじゃないですか。そのほかにアルバイトなんかもビラ貼りとかキャンディ売りとかいろんなことをやりながら、ホントにわずかなお金で自分の好きな本を読んでた。そのためには手段を選ばずで、電気工事があるとその下で待ってるんだよね。銅線が落っこちてくるのを待って。
―当時は銅線とかが売れましたからね。
吉元 そういうのをやる子供って私だけじゃなくてけっこういましたけど、それ以上のことを私はやってました。それだけじゃお金になる真鍮なんていうのは手に入らないから。漁船にはけっこう腐らないために真鍮の金具がいっぱいついてるんですよ。そういうのを引っぱがしてね。
―ダハハハハ! なるほど(笑)。
吉元 大人たちと船で貝を獲りに行くときも、籠を海に投げ込んで、底を引きずって獲ると、そのほかにもいろんなものが入ってくるんですよ。銃弾がけっこう、機関銃弾とか小銃弾が入ってくる。それが狙いだったの。
―それはけっこう売れる。
吉元 ええ、高く売れるんですよ。そして火薬が入ってるからヘタすると爆発するんで。それも地金屋に売ってはいたんだけど、私の趣味にも非常に合うというか。満州時代、終戦を迎えてから親父が銃刀剣をたくさん隠し持ってるということで逮捕されたんですよ。それで引き揚げが遅れた。
―え!
吉元 逮捕されても食事が出ない。留置場に私とお袋も何回か弁当を差し入れしたんだけど、それもけっこう長く続きましたね。親父は正直に川に捨てたことを白状してるんだけど、捨てた川に行って探してもないんですよね。親父の友人たちも真剣になって、そしたら銃が見つかっていったん釈放されたんですよね。だけど再逮捕される可能性もあったみたいで。そのまま家に帰って持てるだけのものを持って貨車に飛び乗って、引き揚げて。
―拳銃が身近な存在だったわけですね。
吉元 それで私は拳銃とか刀とかを抱いて寝るような感じで、親父にしょっちゅう怒られたんだけど(笑)。銃弾はずいぶん集めましたね。
―そのお金で貸本を借りていくうちに、漫画家への道が開けていくわけですよね。
吉元 ええ。貸本が流行って、悪書追放の槍玉に劇画がけっこう挙げられてたんだけど、魅力があってね。その劇画ブームとちょうどフランスのヌーヴェルヴァーグが重なってたの。それもあって、映画も観まくったんですよ。映画を観るお金もないから、映画館の裏側に回ると看板絵描きさんが一生懸命、次に公開される映画の看板描いてるわけですよ。そのオジサンとも仲良しになって、「そんなに映画観たいんだったら」って裏口から入れてもらって。そのお返しに畑で採れたイモとかトウモロコシなどをプレゼントするとだんだん親しくなって、映画はかたっぱしから観てたね。当時は推薦映画以外は決して観てはいけない、映画を観に行くのは不良だという時代なんだけど、そんなのはクソ食らえで。
―そこも反抗的で。
吉元 やっぱり観に行くのが夜だから最初の頃は家に入れてくれなかったですけど、途中からは親もあきらめたような感じでしたよね。やはり刺激的な映画もあるわけですよ。昔は性典映画って言ってたんだけど、いまでいうポルノですよね。これも観に行ったら、私の前の席にお袋と親父がいたんですよ! 
―ダハハハハ! しかも夫婦で(笑)。
吉元 これはちょっとショックでしたよ。親がこんなの観に行くのかよってね、えらいこったと思って。私、その日だけはこっそり抜け出しておとなしく家に帰りました……。
―当時の性典映画って内容的には?
吉元 何がなんだかわかんなかったですよ。恋愛して結婚するところまではそれなりの映像で見せてくれるんだけどね、あとは図解が多いのよ、わけがわかんなくてさ。その途中で親を見つけちゃって、そんなとこ親に見つかったらたいへんなことになると思って。そういうことはよくやったんですよ。まだ青年団があって、夜そういうところにこっそり連れてってもらって、男女が仲良くしてるところを見て楽しんだこともありましたけどね。


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バロン吉元
満州生まれ、鹿児島県育ち。横山まさみちのアシスタントと並行しながらセツ・モードセミナーで絵を学ぶ。当初は貸本漫画で吉元正名義で活躍。67年にペンネームをバロン吉元とし、週刊漫画アクションにて「柔俠伝」シリーズでヒットを飛ばし、当時の劇画界を支える漫画家の一人になる。「柔俠伝」シリーズ終了後は龍まんじ名義で絵画制作もスタート。松田優作、宇川直宏、リリー・フランキーなど著名人のファンも多い。
 
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